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恵光寺の宗旨は浄土宗西山禅林寺派で、阿弥陀さまのお慈悲を感謝し、その喜びを社会奉仕につないでいく、そういう「生き方」をめざすお寺です。
現代の悩み多き時代にあって、人々とともに生きるお寺をめざして活動しています。
仏教福祉講座受講
■2021年11月3日
第2回目を受講 前月から始まった講座の第2回目。今回は「後見人制度」について。高齢などによって認知症や知的障害・精神障害で判断能力が劣った状態になった人を保護・支援するための国の制度です。この制度を学んで、そういう立場に立った人にいかに寄り添うか、を学んでいます。
【写真】ズーム画面で仏教福祉講座を受講 (恵光寺で)
■2021年11月13日
仏法にふれて自分の生き方を考える 毎月第2土曜日は恵光寺の「写経と法話の会」。最初は仏前に合掌をして『般若心経』『四誓の偈』を唱えて「いす坐禅」を行います。そのあとに写経を行います。今回もお釈迦さまの『法句経』から2篇を写しました。
【写真】写経と法話の会の様子 (恵光寺ホール)
■2021年11月14日
一年の感謝を仏さまに奏上する法要 秋は実りの秋、米や果実、野菜ができて、それを食することで私どもはいのちをつないでいます。改めてお米や食物の由来をたずねると、やはり、それは天地のみ恵みによるものです。仏さまとしかいいようのない、大いなる宇宙の中に、今日、ここにこの私が在る、ということを仏前に感謝する法要です。ただ、残念なのは、今年も無参拝者方式で行ったことでした。
さびしいことでしたが、法要の様子とお説教をYouTubeで流させてもらいました。またご覧になってください。
【写真】無参拝者形式で勤めた十夜法要の様子
■2021年11月18日
「社協をつくった僧侶」というタイトルで 宗教新聞に「文化時報」というのがあります。今般、この新聞に恵光寺の住職の記事が第1面に載りました。
記事の最初、見出しのところを紹介します。
浄土宗西山禅林寺派恵光寺(京都市左京区)の岸野亮淳住職(72)は、小学校区単位の社会福祉協議会である市原野社会福祉協議会を1988(昭和63)年に立ち上げた。地域からの要請を受けて設立と運営に奔走。事務所は恵光寺の中に置き、会長は33年間にわたって自身が務めている。「地域と向き合うのが寺と僧侶の役割。若い僧侶には、社会貢献を認識して行動してほしい」と語る。
【写真】「文化時報」に載った記事写真 (文化時報社のサイトから)
■2021年11月22日
鴨川上流ダム建設を断念させた雲ケ畑の人たち 烏丸御池のアプリンク京都で『悠久よりの愛~脱ダム新時代』を見ました。ダム建設で人間の生活や生態系が崩れることを懸念しておこるダム建設反対運動。日本各地でこの種の運動にかかわる人たちのドキュメンタリー映画。
京都では30年前、鴨川の上流にダム建設計画が出されましたが、それを断念させた雲ヶ畑の志明院の田中真澄さん、当時の雲ケ畑自治会長のご子息・波多野隆志さんらも今回の映画に登場しておられます。
「森は海の恋人」という有名なフレーズで現わされるように山・森・川・海、これが一体となって地球の空気と水は浄化されて私たちの生活ができています。このつながりを断ってしまうのがダム建設。自然の摂理を侵してはならない、とする関係者のダム反対運動はしっかりした理念に基づいてのことで、学ぶことの多い映画でした。
【写真】『悠久よりの愛~脱ダム新時代』のパンフレット
■2021年11月24日
紅葉の真っ盛り 山科駅から北に歩いて10分ほどのところに天台宗の門跡寺院・毘沙門堂があります。ご縁があって参拝しましたが、その帰途、紅葉がきれいなのでびわこ疏水あたりを写真に修めました。
【写真左】 山科毘沙門堂参道の紅葉
【写真中】 山や木々の中をゆったりとながれる疏水の景色
【写真右】 疏水と山々の景色を鑑賞できる琵琶湖疏水観光船
■2021年11月26日
地域の「みまもり」とは何か 毎年秋に開かれる全左京区あげての「左京区社協福祉大会」。今年は烏丸北大路の北文化会館で行われました。長年の地域福祉に貢献された方の表彰やシンポジウムが行われました。
シンポジウムでは「同じ地域住む人の中で、弱い立場の人をどうしてみまもり、支えるか」ということについて考えました。弱い人を見守るための制度の充実はもちろんですが、そこに住んでいるまわりの人たちがその人のことをふだんから理解しようとしているか、ということが大事、ということを学ばせていただきました。
【写真】左京区福祉大会シンポジウムのステージ (北文化会館)
■2021年10月2日
市原野社協のまちづくりについて会議 毎月第2土曜日は恵光寺の「写経と法話の会」。最初は仏前に合掌をして『般若心経』『四誓の偈』を唱えて「いす坐禅」を行います。そのあとに写経を行います。今回もお釈迦さまの『法句経』から2篇を写しました。
【写真】ヒアリングの様子 (恵光寺ホール)
■2021年10月9日
仏法にふれて自分の生き方を考える 毎月第2土曜日は恵光寺の「写経と法話の会」。最初は仏前に合掌をして『般若心経』『四誓の偈』を唱えて「いす坐禅」を行います。そのあとに写経を行います。今回もお釈迦さまの『法句経』から2篇を写しました。
【写真】 写経と法話の会の様子 (10月9日 恵光寺ホール)
■2021年10月10日
今回から7回の連続講座 いまの時代、高齢者や病気の人に対し、医療と福祉の分野でいろんなケアが行われています。近年、お寺のお坊さんや寺族たちもその活動に参加しよう、という動きが増えてきています。今回『文化時報』という宗教新聞社が主催する『仏教福祉講座』(全7回・ズーム会議)が始まり、恵光寺住職も受講を始めました。毎月1回、7回連続講座です。
【写真】ズーム画面で仏教福祉講座を受講 (10月10日 恵光寺で)
■2021年10月29日
恵光寺の「虎の尾」桜 恵光寺の境内にある山桜「市原・虎の尾」。毎年4月の下旬に八重の大きな花びらをつけます。いつもこのコーナーで紹介していますが、今回はその桜の秋色をご覧いただきます。この日、この桜はたくさんの葉を残していますが、本堂の前のソメイヨシノ桜はほとんど葉は散っていました。
【写真】秋色の恵光寺の「市原・虎の尾」
■2021年10月30日
お坊さんの法話グランプリ 宗派を超えた若手僧侶が法話を披露する「H1(エイチワン)法話グランプリ2021」が奈良市で行われました。全国から事前審査で選ばれた8組のお坊さんが登場。法話が上手、内容がいい、というのではなく、審査員と、当日参加した750人の聴衆みんなで「もういちど会いたいお坊さん」に投票する、という形で行われました。どのお坊さんのお話も、気を衒うこともなく、実直で感銘を受けました。
今回のグランプリは融通念仏宗のお坊さんが獲得しました。
【写真】「H1(エイチワン)法話グランプリ2021」が行われた「なら100年会館」の聴衆の様子(YouTubeから)
■2021年9月11日
コロナのなか、がんばっています コロナ禍の中を写経に来てくださる方、こちらが頭が下がります。写経を通して自分を見つめる機会になれば、とねがっています。本当にありがたいイベントです。
【写真】写経の様子(恵光寺ホール)
■2021年9月21日
雲が多い日となりました 酷暑が去って空気が爽やかになる9月。空に上る月の位置も見上げてちょうどいい高さになる、そんなときの満月は美しい。「中秋の名月」と呼ばれる所以です。みなさん、今年のお月見、されましたか。恵光寺から見た満月は雲ではっきりとは映りませんでした。でもあらためて秋の到来を感じました。
【写真】恵光寺から東を見たところの中秋の月
■2021年9月25日
今回も無参拝者形式で勤修 恵光寺の秋彼岸施餓鬼法要。今回も無参拝者形式で実施。参詣の方に集まってもらえないことはとても残念ですが、致し方ありません。塔婆回向の様子はYouTubeで配信しました。
【写真】施餓鬼棚の前で塔婆回向をする恵光寺住職(恵光寺本堂)
■2021年9月28日
秋を生ける、って心が落ちつきます 恵光寺のお花教室、月に2回、水曜日におこなっています。この日は秋の花を生けました。掛け軸は版画カレンダーの西田光衛先生の版画、「南無佛」の揮毫です。
【写真】
■2021年8月6日
忘れないぞ、ヒロシマ・ナガサキ 朝8時 市原野仏教会の「さんが・いちはらの」主催のヒロシマ平和の鐘。お寺さんは5人。15人ほどの参加者がありました。
【写真】「さんが・いちはらの」主催のヒロシマ平和の鐘ポスター
■2021年8月7日
お盆の行事のスタート お盆は8月の13~16日、といいますが、この7日を中心にその前後にお墓へ参り、先祖さんに帰ってもらうよお参りをします。いってみれば、お盆のお精霊迎えの墓参り、ということです。京都の市中では、この時期に千本えんま堂や六道珍皇寺(六道さん)にお参りをして鐘をついてお精霊さんを迎えましす。
■2021年8月9日
忘れないぞ、ヒロシマ・ナガサキ 11時2分 恵光寺鐘楼。この日は恵光寺の住職一人が鐘を撞きました。
【写真】平和の鐘を撞く恵光寺住職
■2021年8月13日~14日
土砂災害に警戒のニュースが一日中 雨の中、市原地区でのお盆の棚経。日本各地が大雨前線で覆われている。特に九州を中心に豪雨が激しく、土砂災害の危険性が高い、と一日中警告のニュース
【写真】 濁流の鞍馬川 (14日 市原町サンタウンに行く市原第二橋の上から)
■2021年8月14日
お精霊さんにお供養 朝8時 雨の中、市原の棚経。恵光寺では納骨位牌堂にお精霊さんのお供え、永代経、合祀塔の霊位のお盆のお参りをしました。
【写真】恵光寺の納骨位牌堂に備えたお精霊さん
■2021年8月15日
今年も昨年に続き無参拝者形式で勤修 この日は太平洋戦争敗戦の記念の日。二度と戦争はしてはならない、という誓いのもと、盆施餓鬼法要を勤めています。今年も昨年に続いて無参拝者で行い寂しい法要ではありましたが、その模様はYouTubeで配信させていただきました。
【写真】盆施餓鬼の法要の様子
■2021年8月16日
大文字は6火床に点火 今年も縮小型で行われました。如意ヶ嶽の「大」は六ヶ所の火床に点火されました。五山の送り火を守る保存会の人が「縮小はされても亡くなった人を送る心に変わりはない」と言っておられたことに頭が下がります。合掌
【写真】今年の如意ヶ嶽の「大」の送り火
■2021年8月21日~22日
でも今年の町内地蔵盆はイベントなし、お地蔵さん前での読経だけのところが多かったようです 毎年、市原野の町内会、中には上賀茂の町内会の地蔵盆に参加させてもらい、お参り、紙芝居ゲームなどをしています。今年は多くの町内会がお地蔵さんの前で役員さんや代表の子どもがお参りするだけ、というのが多かったようです。お地蔵さんの前でおお騒ぎできる地蔵盆、来年はできるように、と思わずにはいられません。
■2021年8月23日
今年も寺内で勤めました 恵光寺の地蔵盆は毎年8月23日の夕刻に恵光寺女性会の人が集まって数珠回しをしてお勤めをしています。しかし、去年に続いて今年も開催できませんでした。寂しいですが、お寺のもので石仏さんと地蔵堂の二か所でお参りをしました。
【写真】地蔵盆のお参りをした恵光寺の石仏さま
■2021年7月3日
未明に集中豪雨 朝3時25分、市原野など左京区9カ所に梅雨前線による集中豪雨のため避難所開設が発令されました。市原野も2カ所で避難所を開設。しかし夜中は豪雨で出られず、朝は晴れたので、結果、利用者は0でした
【写真】 市原野会館小盆壇詰め所に待機する役員の方々
■2021年7月10日
毎月第2土曜日の午後2時から いつものように『法句経』から2篇を写経。お話は「人の身は受け難し、されど人としていま在り、仏の教えは聴き難し、されどいま聴かせて戴いている」と、ふだんからの仏法になじむ大切さをおお話しました
【写真】 写経の様子
■2021年7月12日
ひと昔前の里山生活の紹介 市原野小学校の2年生に一昔前の市原の人びとの里山生活を紹介。田んぼでお米を作り、山で薪をとって燃料にし、井戸で水をくんでご飯やおかずを焚き、用水路で洗濯をし、家族みんなが力を合わせて生活をした、などのお話をしました
【写真】 真剣に話を聞いてくれる2年生の子どもたち
■2021年7月12日
町衆の祈り、偉大な文化 たまたま通った夕方の四条通りで長刀鉾の鉾建てを間近で見ることができました。鉾を見ると祇園祭の偉大な文化をあらためて思います。今年も巡行はありませんが、お囃子は実際に演奏するそうです。鉾建ての技術やお囃子は、休むと正しい伝承ができにくい、ということで、コロナ禍でも続けるそうです
【写真】 長刀鉾の鉾建て最中の町衆のみなさん
■2021年7月14日
京都市の無形文化財である市原の「ハモハ踊り」 市原野小学校講堂で1年、2年生の児童がお盆に行われるハモハ踊りに挑戦しました。市原野の伝承文化にふれる総合学習の一環です。「市原ハモハ会尼講中」のみなさんが親切に教えていました
【写真】 団扇(うちわ)をもってハモハ踊りに挑戦する小学校児童
■2021年7月20日
暑い中、遠いところをようこそお越しになりました NHK文化センターの西宮、守口、梅田の3教室のメンバーが、1週間の間に3回、補陀洛寺と恵光寺を訪問。引率は旅行ライターの小島忠良先生。恵光寺では恵光寺ホールを会場に寺の紹介と講話をさせていただきました
【写真】 西宮教室からの参加者といっしょに記念撮影(恵光寺本堂前)
■2021年7月26日
道元禅師が帰国後、最初に建てたお寺 宇治にある聖興寺に参拝。聖興寺は曹洞宗開祖・道元禅師が修行時代、宋から帰国して34歳の若さで建てた最初の寺。「曹洞宗初開道場」と呼ばれています。堂長の吉川圓良老師とお話ができ、いい時間を頂戴することができました
【写真】 境内はどこを見ても凛とした空気が感じられる。雲水らの厳しい修行が伝わってきます。この建物は法堂
■2021年6月2日
四国八十八ヶ所霊場巡拝 3時間 江戸時代後期に出た仁和寺ご門跡が、四国八十八ヶ所への巡拝が誰にでもできるように、と、四国八十八ヶ所霊場のお砂を持ち帰って仁和寺の裏山である成就山の山道に埋め、その上に諸堂を建てて霊場としたのが始まり。全行程3キロ。お堂が88あり、全コースを回るのに私は3時間もかかりました。しかし、こころが爽やかになりました。
【写真】 御室の山にはこのような霊場が八十八ヶ所あるのです
■2021年6月3日
当時、支援活動で現地や国会に行きました 1991年のこの日、長崎県島原市の普賢岳で大火砕流で43人の死者、行方不明者を出しました。今も山頂は1億立方㍍の溶岩が堆積していて立ち入り禁止になっています。当時、私が所属していた全日本仏教青年会は復興支援活動を立ち上げ、現地訪問、国会に陳情など、多くの青年僧たちが活動をしました。
【写真】 山の中腹を広範囲に覆った大火砕流
■2021年6月12日
毎月第2土曜日の午後2時から 緊急事態宣言下で参加者は少なめでした。法話は「人として生まれることは不思議なこと、そして、仏さまのみ教えに出逢うことはもっと不思議なこと」とお話ししました。お菓子は鶴屋吉信さんの水無月。
【写真】 写経に励む参加者のみなさん
■2021年6月21日
法然上人の求道の青年時代の隠遁地 11世紀の初め、少年の法然上人は家族と別れて岡山から比叡山に上り仏門に入ります。しかし、そのときの比叡山は権門の人たちのもので、庶民はその恩恵に浴することはなく、戦争、飢餓、疫病の中を苦しんで生きていました。まだ18歳の法然上人はそんな世の中だからこそ、人々のための仏教を学ぼう、と比叡山に見切りつけて、人も来ないここ黒谷の青龍寺に隠遁します。法然上人はここで25年間、求道のための勉学、修行に励まれたのです。
【写真】 人気のない黒谷の青龍寺でお勤めをする住職
■2021年6月23日
ハンセン病は伝染病ではない、と訴えた僧侶である医師・小笠原登の生き方に感銘 龍谷大学響都ホールでハンセン病と強制隔離を考えるシンポジウムと映画の上映がありました。シンポジウムでは小笠原先生の思いを受け継ぐ和泉眞蔵先生、小笠原先生の出身寺院のご住職、映画制作関係者の方々のお話を聴かせていただきました。医学研究者、そして僧として、差別を許さない小笠原先生の徹底した人間平等観に感動の連続でした。そのあとに上映された〈小笠原先生物語〉ともいえる『一人になる』はとてもよくできていました。
【写真】 シンポジウムの様子。左から2番目の方が和泉先生(龍谷大学響都ホール)
■2021年6月30日
市原の灌漑用水路「板倉用水路」 江戸時代の前半期はコメの生産高を上げるために農地開拓、拡張が盛んに行われ、日本の人口が急増する時代です。市原の里も米の収穫を上げるために幕府指導で灌漑用水路がつくられました。その事業の責任者が当時、京都所司代であった板倉重矩でした、出来上がった灌漑用水路のおかげで米が収穫できた、と市原の村人がとても喜び、板倉公の死後、毎年6月30日の命日には報恩の法要をすることになり。350年たった今もその法要が市原神宮寺で続けられているのです。