恵光寺 和尚の日記

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恵光寺の宗旨は浄土宗西山禅林寺派で、阿弥陀さまのお慈悲を感謝し、その喜びを社会奉仕につないでいく、そういう「生き方」をめざすお寺です。
現代の悩み多き時代にあって、人々とともに生きるお寺をめざして活動しています。

 

写経と法話の会

■2021年9月11日

コロナのなか、がんばっています コロナ禍の中を写経に来てくださる方、こちらが頭が下がります。写経を通して自分を見つめる機会になれば、とねがっています。本当にありがたいイベントです。

【写真】写経の様子(恵光寺ホール)

中秋の名月

■2021年9月21日

雲が多い日となりました 酷暑が去って空気が爽やかになる9月。空に上る月の位置も見上げてちょうどいい高さになる、そんなときの満月は美しい。「中秋の名月」と呼ばれる所以です。みなさん、今年のお月見、されましたか。恵光寺から見た満月は雲ではっきりとは映りませんでした。でもあらためて秋の到来を感じました。

【写真】恵光寺から東を見たところの中秋の月

恵光寺の秋の彼岸施餓法要

■2021年9月25日

今回も無参拝者形式で勤修 恵光寺の秋彼岸施餓鬼法要。今回も無参拝者形式で実施。参詣の方に集まってもらえないことはとても残念ですが、致し方ありません。塔婆回向の様子はYouTubeで配信しました。

【写真】施餓鬼棚の前で塔婆回向をする恵光寺住職(恵光寺本堂)

恵光寺お花教室

■2021年9月28日

秋を生ける、って心が落ちつきます 恵光寺のお花教室、月に2回、水曜日におこなっています。この日は秋の花を生けました。掛け軸は版画カレンダーの西田光衛先生の版画、「南無佛」の揮毫です。

【写真】

76回目のヒロシマ平和の鐘

■2021年8月6日

忘れないぞ、ヒロシマ・ナガサキ 朝8時 市原野仏教会の「さんが・いちはらの」主催のヒロシマ平和の鐘。お寺さんは5人。15人ほどの参加者がありました。

【写真】「さんが・いちはらの」主催のヒロシマ平和の鐘ポスター

お墓参りの日

■2021年8月7日

お盆の行事のスタート お盆は8月の13~16日、といいますが、この7日を中心にその前後にお墓へ参り、先祖さんに帰ってもらうよお参りをします。いってみれば、お盆のお精霊迎えの墓参り、ということです。京都の市中では、この時期に千本えんま堂や六道珍皇寺(六道さん)にお参りをして鐘をついてお精霊さんを迎えましす。

76回目のナガサキ平和の鐘

■2021年8月9日

忘れないぞ、ヒロシマ・ナガサキ 11時2分 恵光寺鐘楼。この日は恵光寺の住職一人が鐘を撞きました。

【写真】平和の鐘を撞く恵光寺住職

大雨警報の中をお盆の棚経参り

■2021年8月13日~14日

土砂災害に警戒のニュースが一日中 雨の中、市原地区でのお盆の棚経。日本各地が大雨前線で覆われている。特に九州を中心に豪雨が激しく、土砂災害の危険性が高い、と一日中警告のニュース

【写真】 濁流の鞍馬川 (14日 市原町サンタウンに行く市原第二橋の上から)

納骨位牌堂にお供え

■2021年8月14日

お精霊さんにお供養 朝8時  雨の中、市原の棚経。恵光寺では納骨位牌堂にお精霊さんのお供え、永代経、合祀塔の霊位のお盆のお参りをしました。

【写真】恵光寺の納骨位牌堂に備えたお精霊さん

恵光寺盆施餓鬼法要

■2021年8月15日

今年も昨年に続き無参拝者形式で勤修 この日は太平洋戦争敗戦の記念の日。二度と戦争はしてはならない、という誓いのもと、盆施餓鬼法要を勤めています。今年も昨年に続いて無参拝者で行い寂しい法要ではありましたが、その模様はYouTubeで配信させていただきました。

【写真】盆施餓鬼の法要の様子

大文字など京都の五山の送り火

■2021年8月16日

大文字は6火床に点火 今年も縮小型で行われました。如意ヶ嶽の「大」は六ヶ所の火床に点火されました。五山の送り火を守る保存会の人が「縮小はされても亡くなった人を送る心に変わりはない」と言っておられたことに頭が下がります。合掌

【写真】今年の如意ヶ嶽の「大」の送り火

各町内で地蔵盆

■2021年8月21日~22日

でも今年の町内地蔵盆はイベントなし、お地蔵さん前での読経だけのところが多かったようです 毎年、市原野の町内会、中には上賀茂の町内会の地蔵盆に参加させてもらい、お参り、紙芝居ゲームなどをしています。今年は多くの町内会がお地蔵さんの前で役員さんや代表の子どもがお参りするだけ、というのが多かったようです。お地蔵さんの前でおお騒ぎできる地蔵盆、来年はできるように、と思わずにはいられません。

恵光寺の地蔵盆

■2021年8月23日

今年も寺内で勤めました 恵光寺の地蔵盆は毎年8月23日の夕刻に恵光寺女性会の人が集まって数珠回しをしてお勤めをしています。しかし、去年に続いて今年も開催できませんでした。寂しいですが、お寺のもので石仏さんと地蔵堂の二か所でお参りをしました。

【写真】地蔵盆のお参りをした恵光寺の石仏さま

避難所開設

■2021年7月3日

未明に集中豪雨 朝3時25分、市原野など左京区9カ所に梅雨前線による集中豪雨のため避難所開設が発令されました。市原野も2カ所で避難所を開設。しかし夜中は豪雨で出られず、朝は晴れたので、結果、利用者は0でした

【写真】 市原野会館小盆壇詰め所に待機する役員の方々

写経と法話の会

■2021年7月10日

毎月第2土曜日の午後2時から いつものように『法句経』から2篇を写経。お話は「人の身は受け難し、されど人としていま在り、仏の教えは聴き難し、されどいま聴かせて戴いている」と、ふだんからの仏法になじむ大切さをおお話しました 

【写真】 写経の様子

小学校で2年生の児童にお話

■2021年7月12日

ひと昔前の里山生活の紹介 市原野小学校の2年生に一昔前の市原の人びとの里山生活を紹介。田んぼでお米を作り、山で薪をとって燃料にし、井戸で水をくんでご飯やおかずを焚き、用水路で洗濯をし、家族みんなが力を合わせて生活をした、などのお話をしました 

【写真】 真剣に話を聞いてくれる2年生の子どもたち

京都の祇園祭の鉾建て

■2021年7月12日

町衆の祈り、偉大な文化 たまたま通った夕方の四条通りで長刀鉾の鉾建てを間近で見ることができました。鉾を見ると祇園祭の偉大な文化をあらためて思います。今年も巡行はありませんが、お囃子は実際に演奏するそうです。鉾建ての技術やお囃子は、休むと正しい伝承ができにくい、ということで、コロナ禍でも続けるそうです 

 【写真】 長刀鉾の鉾建て最中の町衆のみなさん

小学校で低学年の児童がハモハ踊りの練習

■2021年7月14日

京都市の無形文化財である市原の「ハモハ踊り」 市原野小学校講堂で1年、2年生の児童がお盆に行われるハモハ踊りに挑戦しました。市原野の伝承文化にふれる総合学習の一環です。「市原ハモハ会尼講中」のみなさんが親切に教えていました 

【写真】 団扇(うちわ)をもってハモハ踊りに挑戦する小学校児童

NHK文化センターの3教室の方が来寺

■2021年7月20日

暑い中、遠いところをようこそお越しになりました NHK文化センターの西宮、守口、梅田の3教室のメンバーが、1週間の間に3回、補陀洛寺と恵光寺を訪問。引率は旅行ライターの小島忠良先生。恵光寺では恵光寺ホールを会場に寺の紹介と講話をさせていただきました  

【写真】 西宮教室からの参加者といっしょに記念撮影(恵光寺本堂前)

宇治の聖興寺に参詣

■2021年7月26日

道元禅師が帰国後、最初に建てたお寺 宇治にある聖興寺に参拝。聖興寺は曹洞宗開祖・道元禅師が修行時代、宋から帰国して34歳の若さで建てた最初の寺。「曹洞宗初開道場」と呼ばれています。堂長の吉川圓良老師とお話ができ、いい時間を頂戴することができました  

【写真】 境内はどこを見ても凛とした空気が感じられる。雲水らの厳しい修行が伝わってきます。この建物は法堂

仁和寺の裏山・成就山に御室八十八ヶ所霊場参拝

■2021年6月2日

四国八十八ヶ所霊場巡拝 3時間 江戸時代後期に出た仁和寺ご門跡が、四国八十八ヶ所への巡拝が誰にでもできるように、と、四国八十八ヶ所霊場のお砂を持ち帰って仁和寺の裏山である成就山の山道に埋め、その上に諸堂を建てて霊場としたのが始まり。全行程3キロ。お堂が88あり、全コースを回るのに私は3時間もかかりました。しかし、こころが爽やかになりました。

【写真】 御室の山にはこのような霊場が八十八ヶ所あるのです

長崎県の普賢岳大火砕流30周年

■2021年6月3日

当時、支援活動で現地や国会に行きました 1991年のこの日、長崎県島原市の普賢岳で大火砕流で43人の死者、行方不明者を出しました。今も山頂は1億立方㍍の溶岩が堆積していて立ち入り禁止になっています。当時、私が所属していた全日本仏教青年会は復興支援活動を立ち上げ、現地訪問、国会に陳情など、多くの青年僧たちが活動をしました。

【写真】 山の中腹を広範囲に覆った大火砕流

写経と法話の会

■2021年6月12日

毎月第2土曜日の午後2時から 緊急事態宣言下で参加者は少なめでした。法話は「人として生まれることは不思議なこと、そして、仏さまのみ教えに出逢うことはもっと不思議なこと」とお話ししました。お菓子は鶴屋吉信さんの水無月。

【写真】 写経に励む参加者のみなさん

比叡山の黒谷 青龍寺 参拝

■2021年6月21日

法然上人の求道の青年時代の隠遁地 11世紀の初め、少年の法然上人は家族と別れて岡山から比叡山に上り仏門に入ります。しかし、そのときの比叡山は権門の人たちのもので、庶民はその恩恵に浴することはなく、戦争、飢餓、疫病の中を苦しんで生きていました。まだ18歳の法然上人はそんな世の中だからこそ、人々のための仏教を学ぼう、と比叡山に見切りつけて、人も来ないここ黒谷の青龍寺に隠遁します。法然上人はここで25年間、求道のための勉学、修行に励まれたのです。

【写真】 人気のない黒谷の青龍寺でお勤めをする住職

ハンセン病と強制隔離を考えるシンポジウムと映画

■2021年6月23日

ハンセン病は伝染病ではない、と訴えた僧侶である医師・小笠原登の生き方に感銘 龍谷大学響都ホールでハンセン病と強制隔離を考えるシンポジウムと映画の上映がありました。シンポジウムでは小笠原先生の思いを受け継ぐ和泉眞蔵先生、小笠原先生の出身寺院のご住職、映画制作関係者の方々のお話を聴かせていただきました。医学研究者、そして僧として、差別を許さない小笠原先生の徹底した人間平等観に感動の連続でした。そのあとに上映された〈小笠原先生物語〉ともいえる『一人になる』はとてもよくできていました。

【写真】 シンポジウムの様子。左から2番目の方が和泉先生(龍谷大学響都ホール)

板倉忌

■2021年6月30日

市原の灌漑用水路「板倉用水路」 江戸時代の前半期はコメの生産高を上げるために農地開拓、拡張が盛んに行われ、日本の人口が急増する時代です。市原の里も米の収穫を上げるために幕府指導で灌漑用水路がつくられました。その事業の責任者が当時、京都所司代であった板倉重矩でした、出来上がった灌漑用水路のおかげで米が収穫できた、と市原の村人がとても喜び、板倉公の死後、毎年6月30日の命日には報恩の法要をすることになり。350年たった今もその法要が市原神宮寺で続けられているのです。

   

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