恵光寺 和尚の日記

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恵光寺の宗旨は浄土宗西山禅林寺派で、阿弥陀さまのお慈悲を感謝し、その喜びを社会奉仕につないでいく、そういう「生き方」をめざすお寺です。
現代の悩み多き時代にあって、人々とともに生きるお寺をめざして活動しています。

 

■2011年1月1日

新年の行事 「修正会(しゅしょうえ)」

新年最初のお礼参りであります「修正会」。恵光寺は例年どおり1月2日午前11時に本堂でお参りをし、中西玄禮永観堂法主の「お言葉」を拝読。回向では「世間安穏、世界平和」と祈念をいたしました。

【写真上】修正会の導師をする恵光寺住職
【写真右】お参りの方々

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■2011年1月8日

写経と法話の会 新年初会

新年になって初めての写経会。気持ちも新たに臨みました。今回は「法句経(ほっくきょう)」の第39番と第354番を写す3回目です。
354番は「法を施し、法を味わい、法を楽しむ生き方こそ 何にも勝る生き方である」という内容のお経です。おのれが生きるとき、確たる真実(法)のうえを間違いなく歩いていけることほどすばらしいものはありません。仏さまのみ教えを生きる杖として、こころゆたかに生きていきましょう、と新年の希望をみんなで確認しました。

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■2011年1月15日

永観堂本山の「大般若転読会」に出仕

永観堂本山では「六阿弥陀巡拝」の1月15日にあわせて「大般若六百巻転読会」が行われます。唐の玄奘三蔵が訳された大般若波羅蜜多経600巻を読誦して天下泰平、五穀豊穣を祈願する法要です。しかし法会中に600巻全部を通読する(真読)ことは不可能ですので、経巻を空中に広げて扇形にひもときながらページをめくってお勤めをいたします(転読)。小生は京都府宗務支所長として出仕随喜しました。12人のお坊さんが600巻を転読する作法は圧巻です。

写真右:世の安穏を願って転読。右が小生(1月15日永観堂阿弥陀堂)

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■2011年1月16日

市原の神宮寺でも大般若転読会

この日はわが市原の神宮寺で行われる大般若転読会。神宮寺ではそれをお坊さんだけではなく、6人の氏子さんがたも同じようにして転読をして勤めるのです。残したい伝承文化です。

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■2011年1月17日

阪神淡路大震災17回忌

今年は阪神淡路大震災の16年目で亡くなられた方の17回忌になります。小生もこの日の朝5時46分、恵光寺鐘楼で追悼と人心安穏の祈願を込めて鐘を撞きました。前日からの雪で静まりかえった中をゴーンと鐘を鳴らしましたが、災害の被害にあった人、ボランティアとして救援する人たち、その助け合う大事さを改めて思い返しました。

【写真右】この日の朝は雪が30cm積もりました。写真は元旦の恵光 寺本堂北側の大雪

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■2011年1月20日

「さんが・いちはらの」の寒中托鉢

この日の朝6時から8時までの短い間でしたが、「さんが・いちはらの」のメンバーが市原野の街の中をお念仏を称えながら寒中托鉢しました。時間は朝た、1月の下旬の一日、午後4時からJA市原野店前で托鉢をさせていただきます。浄財はアーユス国際協力ネットに委託して陽のあたらない人々のためにつかわせていただきます。

写真右:托鉢に出る前のさんがいちはらのの面々(撮影は野中専称寺の亀山師。恵光寺本堂向拝で。1月20日)

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■2011年1月27日

「さんが・いちはらの」の街頭托鉢

午後4時から恒例のJA市原野店前で街頭托鉢をさせていただきました。浄財はアーユス国際協力ネットに委託して救援事業につかわせていただきます。

写真右:寒中街頭托鉢の様子
(1月27日 JA市原野店前)

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■2011年2月3日

節分

恵光寺は節分会の特別な行事はありませんが、豆まきは毎年しています。今年は次女家族が来ましたので孫たちが豆をまきをしました。

写真右:本堂の前で豆まきをする孫たち。

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■2011年2月8日

叡山電車が沿線ハイク実施。恵光寺で講話

毎年叡山電車は沿線ハイクを実施していますが、今回もまた市原~木野コースのハイクが行われ大阪、兵庫、京都などから120名の方が来られました。小生は講話をさせていただき、市原野の史蹟と無縁社会をテーマに「袖ふれあうも他生の縁」というお話をしました。

写真右:講話をする住職
写真左:恵光寺参拝の叡山電車沿線ハイクの参加者

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■2011年2月12日

写経と法話の会 2月例会

毎月「法句経(ほっくきょう)」を書いていますが、この2月からは第26期。「法句経」の第217番と第234番を写す第1回目。 2月15日の「涅槃会」に合わせ、お釈迦さま最後のお説教の内容と重なる法句経を選んで書きました。人はその身をつつしみ、そのことばをつつしみ、その思いをつつしむ。これらの人こそおのれを護る、というお経です。お釈迦さまは、わたしどもが迷いのない生き方をするためには、正しい見方、正しい言葉を話す、正しい思いをなす、など八つの正しい至誠を保ちなさい、と口を酸っぱくして言っておられますが、そのことはお釈迦さまの最後の教えの中でも説かれています。 法話は、そんな訳で、お釈迦さまの最後の旅の様子をお話しさせていただきました。(このお話の内容の一部は「今月の法話」に書いています)

写真右:写経の様子。小学校2年生と5年生のお子さんも参加しています。

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■2011年2月19日

洛北福祉まつり

この日は区社協4ブロックのひとつ、左京区中北部(岩倉北・明徳・岩倉南・八瀬・大原・市原野・静原・鞍馬の8学区)の社協が協働して行ったもの。昨年度に続いての第2回目。会場は洛北中学校。1,000人参加。ステージ、作品展、飲食コーナー、医療・福祉の体験コーナー、バイタルチェック、即売コーナーなど、いろんな催しが行われ、市原野からは社協はもちろん、市原寮や三幸会などの施設も参加。ステージでは市原野児童館のリトミックと市原野社協のフラグループが出演。初めてのイベントで1,000人を超える来場者。洛北地域の福祉つながりが増進された。

写真右:福祉まつりのステージで踊る市原野児童館学童のお母さんグループ(会場は洛北中学校)

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■2011年3月9日

放送大学の学生さんが訪問

いくつになっても勉強、と高齢になっても放送大学で勉強する学生さんグループ「無名の会」のみなさんが来寺。市原野の歴史などを交えながら講話をする。年をとってから創(はじ)める、というのは年をとらないコツでしょう。

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■2011年3月11日

東日本大震災勃発!

3月11日14時46分、三陸沖東南東約130km付近、深さ約24kmでマグニチュード9.0の大地震発生。マグニチュード9.0という地震は国内観測史上最大、世界第4位の巨大地震。今回の地震は大津波を引き起こし、加えて福島第一原子力発電所が壊滅状態になり深刻な第二次被害をもたらしている。恵光寺では毎日の犠牲者追悼法会と檀家さんへの月参りの時にみなさんといっしょに追悼回向と、被災・避難の方々の安穏を祈願して回っています。また〈さんが・いちはらの〉と協働して募金活動を行っています。

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■2011年3月19日

恵光寺の岸野芳子坊守が仏さまのみ国に還りました

恵光寺の岸野芳子坊守が3月19日午前4時、恵光寺の一室において家族みんながお念仏を申すなか、静かに往生を遂げました。享年62。生前中、皆さまからたくさんのご擁護、ご交誼を賜り、こころよりお礼を申しあげます。
お葬式は3月22日に行われ、坊守の棺を本堂中央に安置し、まわりを花で囲み、お焼香の方々が坊守の顔が見えるようにしました。遺影は、死の宣告をされた昨年10月4日に、自らが着物を着て写真館に行って「遺影用」として撮ったものを使いました。
また、坊守・芳子は「檀信徒・地域のみなさまへ」という手紙を書き残していましたので、当日はそのコピーを参会者にお配りしました。

写真右:自らが遺影用として撮った写真

写真上:花で囲まれた棺

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■2011年3月25日

本山で加行

毎年この時期に行われます加行。お坊さんになるための登竜門です。今年は22名が入行。何と言っても裸になって水をかぶる「水行」が毎日、朝4時、午前10時、午後4時の3回行われ、これが大変なのです。そのあとは勤行、作務、法式作法の習得等、厳しい修行がつまっています。小生も加行生に作法やお坊さんになるための心意気などについて6講座を担当しました。

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■2011年3月29日

市原野小学校・榛葉正好校長の送別会

市原野小学校・榛葉正好校長は定年で校長を退職されます。
地域の歴史と文化を兼使用するいろんな取り組みをされてきました。今回自治連を中心に先生の送別会を開催。多くの地元の方々が出席をしました。

写真右:榛葉校長を囲んで
左より中村誠吾体育振興会会長、増田稔夫市原野自治連会長、榛葉先生、福本隆治市政協力委員長、小生

 

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